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障がいの軽度、重度

先日、障がいのなにをもって重度とするのか?
という話になり、ふと考えてみた。
もちろん、定義はある。

しかし、さまざまな障がいがあり、
定義だけじゃわからないよね。

IQだろうか?
行動?
障がいの程度だろうか?
社会で生きていく困難さだろうか?
周りの受け入れだろうか?
自分なりの経験でから書いてみた。


今から15年以上前、重度の知的障がいのある人の施設に勤めていた。
身体には障がいはなく、知能は判定できないレベル。
見た目は大人、知能は0才から3才程度といえば伝わるだろうか?!
落ちているものはなんでも口に入れるなど食べ物との区別が付かない人もいたし、欲しいものが買えないと180センチの巨体で寝転んでだだをこねる人もいた。
でも、福祉の世界にいるため、基本的に受け入れられている。
親も理解している。

次に勤めたのは、特別支援学校。
重複障がい(身体障がい、知的障がい、視覚障がいなど複数の障がいが重なっている)の子たちと接した。
自分で食べる、トイレにいく、話すことはもちろんできず、こちらが察することしかできない。
医療的ケアの必要なひともおり、生きていることがやっとという人もいた。
もちろん、理解されており、適切な支援を早くから受けていた。

みな、見て、何らかの障がいがあることがわかるため、気の毒がられたり、やさしくされたり、さけられたりした。
早くから適切な教育をうけら福祉に早いうちからつながり、サービスも受けられ、将来の見通しもつきやすく、行く場はまだまだ少ないけれど、在宅のみの人は少なく、先がつながっている感じがした。


そして、ここ数年小学校に勤務した。
小学校の特別支援学級には、判定をうけているひと、受けていない人いるが、みなボーダーラインで見た目にはわからない。
親も先生もわからにくいため、本人の問題ととらえ、理解していないひともいる。
人によっては、IQが高く、学習に問題がないため、ふざけてやらない、わかっていてあんなことをするなんて!と誤解される人がいる。

国語の漢字だけ、どうしても覚えられないとい、学習はできるが手先が不器用というようにアンバランスさがあったり、

暗黙の了解がわからないなど、友だちとのやりとりがうまくいかない、

意にそぐわないと、すぐ切れてしまう。


などなど。
本人の問題で、当人が悪いと誤解をうけ、気づかれず大人になってゆく。
社会で理解されうまくやっている人もいるが、変な人扱いされ、鬱になったりする人もいる。
最悪、社会につながれなかった人は、福祉サービスになかなかつながれず、福祉と社会の狭間に落ちてしまう。

重度、軽度というけれど
社会での生きづらさ、大変さは変わらないのかもしれない。

見えない、見えにくい障がいを理解するのは難しいと思うし、見えにくいから、怖いのだと思う。

学校や遊びを通して接してもらい、見えやすくして伝え、一人でも多くの人にこういうことで困っている人がいることを伝えていきたい。