<   2011年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

昨年12月に一眼レフを購入。
北岳からみた、星空があまりに美しかったので
山からの星を撮りたいと思った。
山に登り、早めに寝て、12時過ぎ起き、空を見上げるのが
私の楽しみだった。

ナイトカメラマン(笑)を目指して、また撮り始めた。
今回は、桜と月と夜空。
なかなか難しい。

写真は、イメージする力が必要だな~って思う。



桜と月と夜空
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池に映る桜と月
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栃木県の南に住む友人が被災した。

やりたいことをやろうと思い、思い切って
中古住宅を買い、越して間もなくのことだった。

4Mある家の土手が崩れ、土手を抑えていた塀が崩れ、
隣の家を巻き込みかねない状況だった。
土手が崩れたことにより、家も傾いていてしまった。
奥さんのおなかには、赤ちゃんがいる。

地震の直後、頭はフリーズ。
1日目、どうすることもできず、体育館に避難。
2日目、役場に相談したが、どうにもできなかったとのこと。
3日目、体育館が閉鎖されるということで、役場の片隅に泊めてくれと頼んでも
断られ、そこで気持ちが切り替わったようだった。

誰も助けてくれない。
自分でやるしかない。
彼は、自分で業者にお願いして、家をつぶし、家の土手を直し対応した。
行ったときには、もう更地だった。

動こうと決めたら、協力してくれる人が出てきてきた。
東北の人より、被災は大したことがないのに・・・助けてくれる人もいる。
「やるしかない!!」

そして、自分がしてもらったことを返そう。
できることをしよう!と
今度は石巻に行きボランティアをしてきたということだった。
被災地に行き感じたことをたくさん聞かせてくれた。

さすがだな~!!と思った。
やっぱり彼はすごい!パワーがある!!行動力がある!
かっこいい!!


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話を聞いていたメンバーで、その後、感想を交え話がなされた。

現地に行きたいけれど、行けずもどかしい気持ちや自分ができる
アクションの起こし方の話など・・・

たしかに・・・彼のように早い段階で、決断し、動ける人ばかりではないと思う。
私も行きたいけれど、行けない。それがもどかしい。だから気持ちもわかる。
でも、現地に行くことだけが大切なわけではないと思う。
身近で被災した人を支援したり、身近にもたくさんいろいろなことを必要としているケアがある。
身近に必要としている人たち、必要としていることは、震災前から変わらずあるのだ。

以前、阪神大震災の時、
ある重度の知的障がい者の施設の職員たちが、自分たちを必要としている人たちを置いて、
阪神大震災の被災地にボランティアで行ったことがあった。
施設は、普段でも人手がすくない。
結果は、もちろん想像通り。
利用している人たちの様子は悪化した。


私は、日常のことも忘れず、自分のできることすればいいと思う。
CMの受け売りじゃないけれど・・・「思い」→「思いやり」になるといい。
あの少年が、次回は思いを形にしたいと思い勇気を出して、荷物を持ってあげた
ように、思いにアクションが加わったら、それってすごいこと!!
それは、席を譲るでも十分。
この震災を通して、非日常だけでなく、このアクションが日常になるといいな。
そうしたら、よのなかやさしくなるよね~。
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新学期が始まり、子ども達が落ち着かないらしい。
担任が変わったり、異動があったりして学校の雰囲気は大きく変わった。
唯一変わらないのは、クラスメイト。単学級だから・・・。

ある子どもは、授業中学校内を徘徊したり、職員室の出入りが激しいらしい。
また、わざわざ悪口をいって逃げたり、トイレに仕掛けを作っていたずらしているらしい。

ある子どもは、学校に行くのが怖く、
行けば悪い言葉で罵ったり、泣いたり、興奮状態とのこと。

ある子どもは、まったく学習に手が付かず、
いたずらしたり、先生に意地悪したりしているらしい。


表に出ている行動は様々だが
この子たちのの叫びは一つだと思う。
「寂しい」「怖い」=「不安」
何を信じたらいい?なにが基準?どこが逃げ場所?安心できる場所は?


震災があり
地震が続き世の中の雰囲気は混とんとしている。

信頼していた人たちがいなくなってしまった。
普遍的なことは何もない。

友達は、どんどん心の成長を遂げ、変化している。
今までと同じ方法では、うまくやり取りができない。

何を信じていいかわからない。

まずは、「安心」「安全」を作るしかない。
「安心」「安全」が整えば、子ども達は、勝手に前に進みます。
だから信じよう!まずは私たちから。この状態は続きません。きっと大丈夫!!
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昨日、PTAの歓送迎会があった。
そこで、うれしい言葉を聞いた。

私は、特別支援学級の担任だった。
特別支援学級の児童は、学年も様々。支援も様々。
だから1日に該当している学年にはいる。
そのため、いろいろな学年の子供と仲良くなれる。

なかでも、今年の4年生のクラスには、2年間6割以上入っていた。
なので、一番関係が深かったともいえる。
しかし、担任は別にいるのであくまで、支援としているだけであるが・・・。

PTAの歓送迎会で、保護者の方から、「4年生からです。」といわれ
お花とメッセージをいただいた。
思わぬプレゼントに、胸が熱くなった。
担任でもない私に、こんなふうにしてもらえると思わなかったからだ・・・。

そして、「私も興味あるんです。今、いろいろな子供がいますもんね。先生の書いていた
にこにこキラキラ通信読んでいましたよ。」
ますます、うれしくなった。
にこにこきらきら通信は、特別支援を理解してもらうために書いていた通信だった。

こうやって、わかってくれようとしている人がいる。
それがとても幸せなことで・・・温かい気持ちでいっぱいだ。

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maruに来ている子ども(小学校にいた)が、中学生になりました。
小学校では、特別支援学級に入級していた子ども達ですが、
中学校では、普通学級に入り、特定の教科だけ通級指導教室に
通うことになりました。

小学生の低学年の時は、
1年1組の先生が、廊下にいたり、1年3組にいたりすると
「間違ってます!」といい、1年1組に戻そうとしたり・・・

おにごっこをした時、鬼を見ると、「鬼は悪い奴だから!やっつける」
といい追いかけたり・・・

中学年の時は、
低学年の女の子がからかうと追いかけて、後ろから膝蹴りしたり
大泣きして、大暴れしたり・・・

高学年の時は、
相手を見て話せず、顔も見ないから、間違って話しかけたり・・・
話をするとき、自分の話しかせず、相手の話は全く聞かなかったり・・・

女の子なのに距離感がなく、べたべた相手にくっついたり、敬語が使えなかったり・・・
自分の思いが伝わらないと、被害者意識強く泣いたり、怒鳴ったり・・・

友達と仲良くやれるのだろうか?と心配しましたが
6年生の中盤ぐらいから、立派なお兄さんおねえさんになりました。

今では、特別支援学級に入級せず、部活にも入りました。
話しているとき、自分が話したくても、さえぎらず待つことができたり、
敬語が話せるようになりました。


「こんな日が来るなんて・・・思ってみなかった。
みんなといっしょの学級に所属して、運動部にも入って、本人も楽しそうで
うれしいです。小学校の積み重ねは大切ですね。」
今年、中学生になる子のお母さんが話していました。




また、先日、去年まで見ていたお子さんのお母さんからこんな相談がありました。
「ずっと特別支援にいなくてはいけないのか?」
「入っていたら差別を受けるのではないか?自分の選択はただしかったのか?」
「高校入学に不利でないのか・・・」なお
判定を受けてから本を読んで、暗くなる内容ばかりに不安になったとのことでした。

「そうだよな・・・心配だよ・・・・」
お母さんは、その子の事はだれよりもわかるけれど、
その子の将来の予測は、自分の生きてきた道からではつけづらいでしょうし、目の前で苦しんでいたとしたらそれを取り除いてあげたいでしょう。
なにより、だれよりも愛しているからですよね。

私たちは、たくさんの子ども、たくさんのケースを知っています。
だからこそ、
なぜ今、この支援が必要か?
早期教育がなぜ大切か!
希望のある将来の例
を伝えることができます。

未来は、今の積み重ねです。
今、発達段階に合わせて、たくさん経験したことが、きっと中学校
高校、大人になったとき役に立ちます。
小学生の時、たくさん経験させ、失敗と成功を繰り返し
自尊心を失わないように育ててあげることが大切です。


子どもは、たくさんの可能性や未来を両手にいっぱいもっています。
だから信じましょう!!
そして、周りに合わせた・・・ではなく
その子に合わせた支援、教育をしてあげましょう。


それでも、周りの目はつらいでしょう。
周りの人が、特別支援にたいして差別的な目をもたず過ごせるような世の中になるといいな~。
今まで接してきて思うのですが、子どもは、そういう意味では本来差別はありません。
めんどくさいのは大人です。高学年になるころ、大人の見方が、子どもにうつるのです。
大人の方が、「差別はいけない」といいながら「自分と違う」と感じると差別的です。

「みんなちがうけれど、みんな一緒なんだけれどな~」
小学校にいると、教室にいる30人の子供がみんな違って、すごく個性的でそう思う。

私は、「困った人が助けてって言える、言いやすい、それを温かい目で受け入れることができる」
そういう世の中にしたい強く思います。
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震災があり、ずっと暗い雰囲気の春の始まり。
下ばかり向いていて気が付かなかったけれど・・・
ふと見るとピンクの桜。
ふっと緊張していた心が緩む。

震災一か月、余震が続き、震災のひどくない栃木にいる子供たちでさえ怯え
見えない放射能に怯える。

「もう大丈夫って言わないで・・・いつまでたっても大丈夫じゃないんだから。」
そんなふうに子供が言うとある母親は話していた。
いつまで続くかわからない、予測のきかない恐怖。
簡単にはぬぐえない。

この桜のように、子どもたちの心を緩ませたり解放させる瞬間を
作ってあげられたらと思う。

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今年もいただきました!!!
子どもゆめ基金
私たちのような小さな団体が、こうやってやっていけるのは
助けてくれる皆様のおかげです。本当にありがたいですね~。


今年は以下の4つ企画します。
7・8月 カヌーで遊ぼう!IN中禅寺湖
10月  カヌーで遊ぼう!IN那珂川
11月  木登りで遊ぼう!(ツリークライミング)
今年は特に、いろいろお願いしますのでよろしくお願いします。

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まるまるクラブ
地震の影響もあり、電車で行くハイキングIN龍王峡を変更して、
大平山・晃石山ハイキングに行ってきました。
小学2年生から中学1年生と幅広メンバー。
地震や中一ギャップに負けず元気でした。


清水寺→大中寺→ぐみの木峠→太平山(341m)→ぐみの木峠→晃石山(419m)→清水寺

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初めは、生まれたばかりの若い新芽、ピンクや黄色、紫の花々を楽しみながら
あるきました。ぽかぽか陽気で春だな~。

大中寺からは一転・・・
想像以上に?!急な坂の連続!!滑りやすい地面を
登ったり、下りたりしながら歩きました。
「ロッククライミングみたい!!」といいながら歩く子供たち。
始めは滑っていましたが、
集中して歩き始めると、足の使い方、手の使い方、歩く場所の選び方が
上手になりました。

急な場所でも、長い距離でも
くじけず歩ける体力と心がついてきました。
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3月で仕事を退職しました。
2年間好き勝手やらせてもらえた特別支援学級。
大好きな大好きな子どもたち。
私は、この仕事が本当に好きでした。

小学校では、たくさんぶつかり、叱り、怒られ、泣かれ・・・
文字通り体当たりの日々でした。
みんな成長したね~!その成長に一緒に立ち会えたこと
幸せです。
ありがとう!

お互い、学校ではお別れだけれど、これからは
先生と生徒でなく、友として会いましょう!
20歳になったら飲むぞ!!
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震災1週間後、募金活動に参加して、若い人たちがボランティアを
積極的に始めて、動いていることに驚きました。
また、現地に行って手伝いをしようと
思いを思い切ってカタチにしようとするワカモノの姿を見てすごいな~っておもいました。

たくさんの団体、個人が自分の出来ることを考えています。
現地に行った人、募金した人、団体として動いている人・・・
たくさんの人が、この震災に関わったいると感じました。

本当は、こんなにいい国なんだって、日本のすごさを感じますし、誇りに思います。


大した被害のない私達にまで、気にかけてくれ、連絡をくれた人たくさんいました。
自分がたくさんの人に支えられている自覚と自分も出来ることをすべきだという気持ち。
これからも自分に出来ること、自分のすべきことをしていくという思い。
いただいた思いを次に流していきたいです。

ペイフォワード。
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